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ベルギー デンマーク デンマーク2 ベッカム 日本・トルコ友好秘話
2002年6月16日【PK】
韓国スウォンでおこなわれる決勝トーナメントのスペイン対アイルランド。最後にPK合戦となり、スペインとアイルランドの選手が思い思いのスタイルでゴールを凝視する。

アイルランドのサッカーは見る人を感動させたね。
最後まであきらめない。もう絶対に、馬鹿がつくほどあきらめない。

死闘の延長戦の後、試合はPK戦へ。アイルランドのPK2本を見事セーブし、スペインのGKイケルカシリャス(中央、水色のユニフォーム)がチームメートから祝福される。2002年6月16日、スウォンで行われたスペイン対アイルランド戦で(1-1。延長、PK戦3-2でスペインが勝利を収めた)。
人口400万人に満たない小国の割には、FIFAワールドカップTMでのアイルランドのサポーターの数は異常に多かった。そして日曜日の夜、推定11,000人のアイルランドの観衆がスタジアムを緑色に染め、それに応えたチームが敢闘の末、もう少しでスペインから勝利をもぎ取るところまで行った。
負けても、アイルランド魂は健在だった。アイルランドの旗を付け、『アテンライ、イギーズ・バー』『バンクロディ、レドモンズ・パブ』などと大書した横断幕が100枚以上、スタンドの隅々に掲げられていた。惜しくもPK戦で負けたあとも、サポーターたちはいつものように胸を張って、スウォンのワールドカップ・スタジアムをあとにした。

スペイン−アイルランド、後半、同点に追いつくPKを決め自慢のポーズを見せるアイルランドのロビー・キーン(左)。右はホランド。試合は延長後半を終了して1−1、PK戦に突入
2002年6月17日(月) 12時21分
悲運のアイルランド、“魂の同点”もPK戦で8強の夢散る
【水原(韓国)16日】緑の軍団が力尽きた。2度目のベスト8を狙い、優勝候補スペインに挑んだアイルランドは前半を0-1で折り返しながら、後半44分にFWロビー・キーンがPKを決め、土壇場で1-1の同点。延長も譲らず、PK戦に持ち込んだが、相手GKの好守に阻まれ、2-3で敗れた。
最後の最後で勝利をつかみそこねた。PK戦は2-3。スペインのキッカー、メンディエタのゴールが決まると、GKギブンはその場に突っ伏した。
執念の同点劇だった。今大会3試合のうち2試合で先制点を許すも、すべて追いついてきたアイルランド。
この日も後半44分に執念をみせた。ペナルティーエリア内でスペインDFイエロがFWクインのユニホームを執拗に引っ張り、イエローカード。PKをFWロビー・キーンが落ち着き払ってゴール左へ。5日のドイツ戦でのロスタイム同点弾に続き、またもや土壇場での同点弾だ。
同18分には1回目のPKをゲットしたが、DFハートのシュートは、GKカシージャスのスーパーセーブに阻まれた。しかし、絶対にあきらめなかった。マッカーシー監督はFWを4人に増やし、スペインゴールにシュートの雨を降らせた。
自国サッカーに、新しい歴史を刻みたかった。11日のサウジアラビア戦に3-0で快勝し決勝トーナメントに進出。1試合2得点以上をあげたのは、W杯12試合目にして初めて。90年イタリア大会のベスト8を超える初の4強を狙っていた。
8強当時の主将だったマッカーシー監督は前日会見で「もしスペインがわれわれに勝てば、われわれは今大会の勝利者と戦ったことになるだろう」と放言。自分たちに勝てるようなら、スペインは優勝できるという強烈な自負をみせていたのだが…。会場には、緑にそめたサポーターの悲しみの声がこだました。
![]() 写真提供:ゲッティ イメージズ |
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WW2のときアイルランドは日本に宣戦布告しなかった事実をみんな知っている?
チャーチル首相がさんざんアイルランドに参戦要求したのにそれをつっぱねたんだ。
だから、WW2の間ずっと日本領事館がダブリンで機能していたんだ。
愛蘭土の対英関係を考えてみたらスゴイと思わないか?
ほかの全ての英連邦諸国は対日参戦してたんだよ!WW2のときアイルランドは日本に宣戦布告しなかった事実をみんな知っている?
チャーチル首相がさんざんアイルランドに参戦要求したのにそれをつっぱねたんだ。
だから、WW2の間ずっと日本領事館がダブリンで機能していたんだ。
愛蘭土の対英関係を考えてみたらスゴイと思わないか?
ほかの全ての英連邦諸国は対日参戦してたんだよ!
| 順位 | チーム | 勝ち点 | 試合 | 勝数 | 分数 | 敗数 | 得点 | 失点 | 得失差 |
| 1 | ☆デンマーク | 7 | 3 | 2 | 1 | 0 | 5 | 2 | 3 |
| 2 | ☆セネガル | 5 | 3 | 1 | 2 | 0 | 5 | 4 | 1 |
| 3 | ウルグアイ | 2 | 3 | 0 | 2 | 1 | 4 | 5 | −1 |
| 4 | フランス | 1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 0 | 3 | −3 |
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6月15日(土)デンマークvsイングランド
2002年6月15日【前半】
新潟ビッグスワンでおこなわれる決勝トーナメント第2戦のイングランド対デンマーク。デンマークのスティ・テフティングとイングランドのデヴィッド・ベッカム。

サイン貰い損ねた親子のためにわざわざ選手集めてサインしてくれたデンマーク・・・
2002年6月17日(月) 11時12分
キャンプ地に感動残す デンマーク代表が帰国(共同通信)
W杯1次リーグA組でフランスを破り1位通過したデンマーク代表。決勝トーナメントではイングランドに敗れたが、キャンプ地・和歌山に感動を残し、17日、日本を去った。
チームが事前キャンプで和歌山市に滞在していた5月。練習場から帰る選手のバスを追う2人の小学生の姿があった。1人は母親がこぐ自転車に乗り、1人は走って追い掛けた。練習場でサインをもらい損ねた親子だった。
子供らが3キロ近く離れたホテルに到着したとき、バスにはすでに選手の姿がなかったが、2人に気付いたオルセン監督が笛を吹いて選手を呼び集め、全員でサインをプレゼントした。子供は大喜びし、母親は感動して涙をこぼした。
「子供に頼まれたら応えるのが当然」という監督。「和歌山で素晴らしい環境を提供してもらったお返し」とすべての練習をファンに公開し、選手も気軽にサインに応じた。ファンは日増しに増え、最後の練習となった13日には、2500人もの市民が練習を見守った。
チームは17日朝、和歌山市のホテルを出発、帰国の途についた。早朝にもかかわらず大勢のファンが「感動をありがとう」と見送り、選手らは手を振って最後の声援に応えた。
2002年6月15日(土) 23時30分
ダイナマイトは不発 デンマーク初の無得点(共同通信)
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| イングランドに敗れ、肩を落としてピッチから引き揚げるデンマークイレブン=新潟スタジアム |
1次リーグでフランスを下し、かつて「ダイナマイト」と呼ばれた強いデンマーク復活の期待が、イングランドに打ち砕かれた。3度目の出場で、1次リーグ第3戦まで続けてきたW杯での連続試合得点も「12」でストップ。W杯通算13試合目で、初めて無得点に終わった。
オルセン監督はけがで出場が微妙だったトマソン、トフティンを先発させた。「1日10時間マッサージをしてでも出る」と話していた1次リーグ4得点のトマソン。チーム全体でこの1戦にかけてきた。
しかし、実力差というよりも長所が出なかった。チームの要トフティン、グラベセンの両守備的MFは、ともにたくましい上半身で相手にプレッシャーをかけ、ボールを奪うと攻め上がるのが持ち味。フランス戦ではそういう場面が何度もあったが、この日はボールが彼らを通り抜け、背後でゴールが決まった。
オルセン監督は「相手の守備がよく難しかった。しかし、後半はいいコンビネーションで押し気味の時もあった」と言った。それはイングランドが安全に逃げ切ろうとしていた時間帯でもあった。
「ダイナマイト」の異名がついたのは初出場で決勝トーナメントに進んだ16年前。当時の攻守の柱オルセン、ラウドルップが監督、コーチとして臨んだ今回は、1次リーグで燃え尽きたのかもしれない。
デンマーク
- 選手プロフィールhttp://wc2002.sports.yahoo.co.jp/worldcup/country/den/player/
![]() 写真提供:ゲッティ イメージズ |
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読売夕刊6月15日
■ 優等生デンマーク
「隠すことなど何もない。大勢の日本人に我々のサッカーを見て欲しい」
練習の非公開など「秘密主義」を取る競合が多い中、キャンプ地の和歌山市で地元交流と練習公開の姿勢を貫いたデンマークが、韓国でのグループリーグを一位で突破して日本に戻ってきた。
15日夜、ベスト8入りをかけて新潟でイングランドと激突する。
デンマークが和歌山に入ったのは5月20日。
他の代表チームも次々に各地に到着していたが、練習の公開や交流イベントを拒否され、期待はずれに終わる受け入れ自治体が相次いでいた。
遅刻や直前の予定変更に振り回されたり、「3食すべて自国の料理でないと困る」といわれ、日本で手に入りにくい食材を必死で探したりした宿舎もあった。
デンマークは違った。
練習は常に完全公開。スケジュールは必ず守り、選手はグラウンドだけでなく宿泊先でもファンへのサインや記念撮影にも気さくに応じた。ホテル側が食事のメニューを相談すると「一切をお任せします」という。
「ただ乳製品に関しては食べなれた母国産がいい。自分たちで用意します」とチーズや牛乳、ヨーグルトを持参した。
「他のキャンプ地の苦労を聞いていただけに、オープンで協力的な国で本当に良かった」地元ではファンが一気に増えた。
13日の公開練習には約2千500人がつめかけ、フランスやウルグアイを下して無敗で和歌山に凱旋した選手たちに大きな拍手を送った。
同市の主婦(48)は「今までサッカーには興味はなかったけど、飾らない選手たちの態度にいっぺんにファンになった。」と話す。
「もし決勝トーナメントで日本とあたってもデンマークを応援します」今やそんな声すら上がっている
デンマークはヨーロッパで唯一日本単独開催を最後まで主張して理事会追放になった理事がいた国だという説もある
トルコ軍艦遭難記念碑
明治23年、付近で遭難したトルコ軍艦エルトグロール号の遭難碑が建ち殉職した581名の乗組員の霊を祀っている。
サポーターに広がるメディア不信
date:2002 年 6 月 26 日( 水 )
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“誤審”が生む不必要な因縁 |
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放置できない“誤審”問題 |